香の煙で清める、浄化するという考え方
香の煙を見ていると、何かが変わっていくように感じられる。その感覚のもとをたどると、世界中に古くからある、共通した考え方に行き着きます。
不思議なことに、行き来がなかったはずの土地で、同じように「煙が清める」という考え方が生まれてきたとされています。
世界各地に共通する、煙の考え方
日本では仏前の焼香や神道のお祓い、南米ではパロサントを焚くスマッジング、北米ではホワイトセージを焚く儀式、中東では乳香を焚く習わしがあります。地図の上では遠く離れた場所です。それでも、煙が立ちのぼる様子を「祈りが届く」「場が整う」と見る感覚は、どこか似ています。お互いに行き来がなかった時代から、それぞれの土地で別々に育ってきた考え方なのだろうと思います。
なぜ「水」や「土」ではなく「煙」なのか
清める方法には、水や塩、土を使うものもあるのは確かです。そのなかで煙が特別なのは、下から上へ昇っていき、やがて姿を変えて消えてしまうところだと思います。水は流れて別の場所に移るだけですが、煙は最後に何も残しません。その消え方が、「祈りが天に届く」という考え方と結びつきやすかったのでしょう。
煙は、目に見える数少ない変化
掃除をしても、空気が変わったかどうかは目に見えません。香を焚くと、煙が立ちのぼり、部屋の中を漂って、少しずつ消えていくのが見えます。目に見える変化があることが、清めるという感覚に結びつきやすいのだと私は思っています。
私が煙を見るときにしていること
火のつけ方はこちらに書きました。炎が消えて、煙だけが残る瞬間には、何かが切り替わったような感じがすると思います。焚き終えたあとも、鼻の奥にしばらく煙のにおいが残ります。
今夜、煙が消えていくのを最後まで見届けてみると、掃除とは違う感覚に気づくかもしれません。空間の清め方は別の記事に、神道とお香の関係はこちらに書きました。私が作っているお香はこちらにあります。